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近代科学を切開する

   

原爆をつくった星少年たち 1・・「科学者独自の倫理」

丸山ワクチン問題の分析から、専門家集団独自の行動規範は、普通に考えれば社会の期待に反し罪悪感を感じて然るべきものでも、それを捨象してしまうだけの強力な幻想観念の共認が集団内に成立しているのではないか?また、専門家集団の自己完結性とはそのような排他的で自己讃美性の強い「聖職者意識」に近い幻想観念共認が作り出しているのではないか?という仮説を立てました。今回は、科学者について同様の分析をしてみたいと思います。

唯一の原爆被爆国日本、あの惨事は日本人に限らず人類の悲劇として捉えられているというのが一般的見解です。反戦.反核運動などをみていると、今でもそのような価値観が浸透しているようにも見えます。しかし、核兵器はなくらない、すぐに核兵器につながる研究は現在でも莫大な国家予算をつけて継続中である、と言う事実はどう考えればいいのだろうかという疑問は残ります。

まず、終戦後の日本の原爆に対する意識はどうであったのだろうか?惨事として受け止められている反面、当時子供だった物理学者佐藤文隆氏によると、

>「原爆はすごい!」という感銘近いものが当時はあったという記憶である。「記憶」だけではなく自分を物理学に導いた原体験ではなかったかという想いである。戦後4年目の湯川秀樹のノーベル賞受賞という〈事件〉でも、その研究内容が原爆と同じ「原子の世界」であるという一体性が強調された。科学の進歩はいまや原子の世界を解明し、その最初の最初の証明が原子爆弾であったのは不幸であるが、その知識が原子力をはじめ数々の恩恵をもたらす科学の時代に入ったといわれた。
(佐藤文隆「科学と幸福」岩波文庫より)

広島.長崎で20万人をこえる死者を出した大惨事に対する、大衆の科学への評価はこうだったのです。湯川秀樹のノーベル賞に日本中が沸いたのは、終戦後僅か4年のことです。佐藤文隆氏は現在科学者集団の自己完結性問題を研究されており、科学者にもの申す科学者として活動されています。この不謹慎にもみえる社会の評価は、実は近代科学のもつ本質問題をあらわしていると思います。科学そのものは純粋なものでその利用方法に問題がり、そして、純粋である科学者の「知の追求」に悪意はなく、それだけで評価に値する、という2点の価値判断において。



本田真吾
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