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近代科学を切開する

   

不変の真理としての数学1>石野さん

近代科学につながる思考法の原点として、ギリシャ哲学(あえて科学と呼んでいません)とその中心をなす数学について議論してきましたが、現代的感覚からすると思想の中心になぜ『数学』か?と言うことが未だにすっきりしません。(この点については石野さんも同様の問題意識をお持ちと思いますが)この辺から掘り下げてみようと思います。

現代に言う数学の起源はギリシャ以前にさかのぼり、メソポタミヤにはじまる算術(数を数えて操作する)に起源を求めることが出来ます。(詳細は 4706吉国さん参照)その後、数を効率的に数えるとういう実践的な問題として進歩してきました。支配者による徴税や交易上の道具として必要だったということが、背景としてあげられると思います。そして、この時代までの数学は、実践的な道具としての『知』であり、『真理』や『思想』とは無縁のものでした。

次に、ギリシャ時代に入ると、現代にいう『数学』というジャンルより『思想』として展開を見せます。思想的に洗練されてくるのはギリシャ民主制で有名なアテナイ都市国家からだと思います。ここで、民主制といっても、実態は潤沢な奴隷を抱えて自由時間の出来た貴族(支配階級.勝者)による、支配者のみの都市国家運営という特徴があります。また、この時期は議論にあたっての論理的推論が必需化し、ソフィストという職業的学者が発生することになります。

その一人であるプラトンの(今日で言う哲学者に近い)アカデミアの門には『幾何学を知らざるもの、入るべからず』という額がかけられており、プラトンの哲学形成には大きく数学(当時の)が影響していたと考えられています。彼の数学者達への評として『彼らは、目に見える図形を利用し、それについて議論しているのである。しかし、彼らは、これら図形について考えいるのではなく、これら図形があらわしている事について、考えているのである。』とうい一文がありますが、これもギリシャ時代の数学が実践的知をこえて観念的思索段階に入っていることをあらわしていると思います。

もう少し中身を探ってみると、思索(学問)は特権階級(支配者)のもので、生産に属するものは奴隷の技術とみなされていました。数学においても計算術は奴隷のわざといわれ、計算的.数値的なところは排除されていました。ユークリッドの幾何学も算術的な部分は排除され、ピュタゴラスは『平面図形のうちで、円がもっとも美しい』という数学的『真理』という価値論の対象として数学を捉えていました。このように、ギリシャ哲学の中心にある数学は、現実場面の生産から切り離された、観念上の思索と絶対価値としての『真理』の探求という特徴をもっていたのではないかと考えています。




本田真吾
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