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近代科学を切開する

   

マントルトモグラフィー、プレートテクトニクスの怪しさ2

思索の部屋『マントルトモグラフィー、プレートテクトニクスの怪しさ(リンク)』
--------------------------------1より
※地震派の伝わり方について
現代定説となっている科学でボクが疑っているものは3つとなった。

1)ダーウィンの漸進進化論
:進化は漸進的でなく同時多発的かつ急激でなければおかしい。
眼がいい例だ。カンブリア紀の生物の爆発的進化は恐らく眼の獲得によるものだと思うが、これはセンサーとその信号の処理装置とアクチュエーターの3つが同時に獲得されないと意味がないのだ。
順番に世代を追って獲得されうるものではない。もっていても意味のない組織を対価を払って何世代も継承することは考えられない。

そもそも「適者生存」などというのは結果論であって何の因果関係も示していない。
その時代に生存したものを適者というだけだ。

むしろ何がどう生存するかという因果関係はゲームの理論で展開されるべきものかもしれない。

生命、生物を説明する理論としてはあまりにいい加減なでたらめな話で科学と言えるものではない。

それを崇め奉る連中は、人がネズミから進化した類人猿と同類のただの動物であることを示したことを「偉大」と考える(もとは世界の中心の地位にあった)キリスト教徒たちだけなのではないか?

2)素粒子論
クォークやニュートリノが存在しないとは言わないが、電磁力、強い相互作用、弱い相互作用を重力と統合
できないのでは意味がない。

分子→原子→素粒子と物質の階層を一つ増やしただけの価値だ。

『標準理論』からヒグス粒子が予想されていた。それが見つかった。
それでノーベル賞というのはどういうわけなのだ?
標準理論という名前の仮説が一つ検証されただけではないか?

その理論はそもそも重力の起源を記述しているのか?
それなしにそれが「正しい」というのはどういう意味なのか?
それがこの宇宙を記述していると言えるのか?
電磁力、強い相互作用、弱い相互作用の三つしか説明できない理論にどういう価値があるのか?

重力を統合でき、量子力学と一般相対論の矛盾を解消できなければ、
期待していた「素粒子」ではないし、「理論」でもない。

3)プレートテクトニクス
マントルが流体であり、それが冷えて固まった地殻が漸進的に移動している、という説明は観測事実に即している。

しかし地殻がマクロ的に見て固体なのか流体なのか、動きはいつも漸進的なのかという疑問点がある。

直感的にはある程度伸び縮みもする弾性変形するものでなければ造山活動はありえない。
完全な固体ならヒマラヤ山脈などできはしない。これは誰が考えても確かだ。

海溝型地震の説明やマグマだまりといった仮説もあやしい。

どこまで厳密な実験事実なのか、何を根拠とすべきなのか、時間をかけて考えないといけない。

地震学者、地質学者、地球物理学といった連中の言っていることを真に受けていいとは到底考えられない。

こんなに世の中の定説に怪しさを嗅ぎ取るのは元々疑り深い性格もあるが、大学の研究室が当時素粒子論を斜めに見ていた宇宙線物理だったからなのかもしれない。

当時の加速器はまだGeVのエネルギーのイベントを作り出していなかったが、原子核乾板には既に数TeVというとんでもないエネルギー・イベントを検出していた。だからクォークなんて「素粒子」なわけがない、もっと小さいものがある、と加速器実験の連中を冷ややかに見ていたのだ。
--------------------------------終了



近藤文人
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