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近代科学を切開する

   

ギリシャ科学、その2


4517に引き続きギリシャ科学についてです。ギリシャ科学の特徴を前回述べましたが、それでは、ギリシャの科学の誕生は、その引き金はどこにあったかかという問題です。

具体的には、紀元前6世紀から登場した万物の根源についての思弁。タレスの「水」、ヘラクレイトスの「水」、ピタゴラスの「数」、デモクリトスの「原子」etc。これらの自然学は、自然の秩序、その統一性と合理性を追及して、宇宙の構成要素は何か、万物の根源は何かという問題に取り組んだわけです。科学方法的な意味として、分解する、単純化する、要素還元的な芽生えを感じますが、最大の特徴は、その根源がオリエントの神話に言う神々ではないということでしょう。「神話的思考」から「哲学的思考」への脱却というところに最大の特徴があると思います。もちろん、すでに17世紀以降の近代科学がキリスト教からの脱出を図りながらキリスト教の影響下にあったというパラダイム的な指摘がこの会議室でもあるように、当然彼らの思考は「神話的思考」の影響下にあっただろうと考えられます。超越的存在たる神を前提にした「唯一絶対の真理」という思弁がそれに通じるところであると考えられます。

しかし、なぜ彼らは「神々」から脱却して思弁的科学、あるいは観照の態度へと進むことができたのでしょうか。まず、ギリシャ科学の発祥が、イオニアや南イタリアの古代ギリシャの植民都市、そしてアテネからヘレニズム時代のアレクサンドリア、まさにギリシャ文明の中心地であるという当たり前のこと(?)を押さえておくべきだと思います。つまり、豊かな市場(都市)が成立しているということが第一…。その意味では、それに先立つエジプトやバビロニア文明における農耕・航海・建築などの記述の高度化が果たされていたことも押さえなければならないでしょうが、ここでは省略します。ただ、ギリシャにおいて測量術が幾何学へ、占星術が天文学となって、先の投稿で見たようないろいろの学問が(古典科学)が成立していったのです。

次に押さえるべきは、科学者は誰かと言う問題があります。アテネ時代までが顕著ですが、ギリシャ科学は基本的に人間労働を軽減するためには使用されなかったという(今で言うところの応用科学や科学技術)ことがあります。多数の戦争奴隷が存在してその必要がなかったことも一因といわれています。特にアテネはペルシャとの戦争に勝ち、民主制の徹底と経済繁栄、豊かな奴隷を背景にして…、つまり科学者は勝者であり、特権階級であるということも注目すべき第二点です。

ギリシャ科学の背景には、オリエントの神々、(それは精霊とは異質の人間(私権存在)に都合のよい観念であったとしても超越存在であり、当時の人々にとっては統合観念・秩序観念であったと思われますが。)そこからの脱却という地平があります。つまりその脱却の可能性が、豊かな市場と(生存圧力のあまりかからない)特権階級の拡大に伴って、成立したのがギリシャ科学ということでしょう。そして、ギリシャ哲学では自然学を対象としながらも、宗教と同じく反現実という範疇に留まっていたということでしょうか。



吉国幹雄
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