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近代科学を切開する

   

「眼は、それが探し求めているもの以外は見ることができない。」


『脳のなかの幽霊』に触発され、今、実現論参考文献にも紹介してある『近代科学を超えて』村上陽一郎著を読み直しているところです。


その第一章の最後に、次の言葉が出てきます。

犯罪者の科学捜査法を教えるフランスの学校の教室には、次のような言葉が貼ってある。

>「眼は、それが探し求めているもの以外は見ることができない。
   探し求めているものは、もともと心の中にあったものでしかない」
    (『近代科学を超えて』村上陽一郎著P32より抜粋)


意味深な言葉だと思います。

科学論の視点に立ち返ってみると、「事実」は純粋客観的なものではあり得ず、何を「事実」とするのか、何を「根拠」として認めるのか、というところに、人間である限りいくばくかの恣意性(社会的思想背景、先入観・偏見・思い込みなど)が混入することから逃れることはできないということですね(これは、これまでも繰り返し当会議室で議論されてきた論点で、そういう限界性を包摂し超えるためのある種の解答も提示されていますが…)。

村上氏はこう書いています。

>科学理論が、「事実」と照合されなければならないことは、改めて認めるまでもない。けれども、もしその「事実」の方が、照合されるべき理論に、少なくとも一部依拠しているのであるとすれば、われわれは、「事実」を科学理論の真偽を定める判断基準として採用することには、ある留保条件を必要とするであろう。さもなければ、自分で自分を評価するという一種のインチキを認めなければならなくなる。(『近代科学を超えて』村上陽一郎著P31より抜粋)

このあたりは、先日のmt-DNAの件を調べている際にも、つくづく思ったことです。権威ある学者の一見「客観的」「科学的」な言説でも、気をつけて見ないといけないとあらためて感じました



蘆原健吾
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