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近代科学を切開する

   

五井野博士~ニュートンのうそ

五井野博士は、『実はすべての科学の進歩が止まってしまっているという根本原因には、ニュートンの重力理論を信じてしまっていることがある』といっています。五井野博士は高校時代にニュートンの万有引力の法則の誤りに気付いたようですが、米ソは1960年代に月へのロケットの打ち上げ競争をしていた時に、月に着陸をせず衝突をしてしまったことからニュートンの法則から導きだされた月の表面重力が6分の1であることが間違いであることに気がついたようです。

当たり前のように習ってきた「ニュートンの万有引力の法則」が実は松外で、米ソの宇宙開発に携わっている人は皆知っているのに、どれが私たち庶民が信じ込まされているのは不思議です。

五井野正 博士の情報と日本の未来
最後の魔術師ニュートン1リンクより
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・・自然現象が教師なのに、そこに過去の尺定規で月を見ずして机の上で月の状態を計算してわかった顔で教師として威張っているとしたら、月の真実の姿が明らかになった時の権威の失落という結論は目に見えている。
…ニュートンの重力理論では太陽と惑星の重力のニュートラル・ポイント(平衡点)を基点として両者が回転するから、惑星は楕円軌道になると計算している。しかし、私の考えは太陽も銀河系を猛スピードで回転しているから、それを追いかける形で惑星も太陽の周りを回るために楕円軌道になっていると考えた訳である。
ニュートンを始め、今日の科学者は”知らないことを知っていると思い込んでいる”という愚者になってしまい、”知らないことを知らないと自覚している”というあなたは彼らよりもずっと賢く、知恵の上でもやや優れている。
(中略)
この式に表示されているGとは何なのでしょうか?
実はこれこそが、ニュートンの発見、イヤ発明だったとも言えるものだ。
このGは一般に重力定数とか万有引力の定数とか呼ばれているが、実際には左辺の式と右辺の式を無理やりに等しくさせる、仮想の接着剤と言われるような定数だった。ところが、私たちはこのGの意味を詳しく説明されることなく、宇宙の絶対真理として始めから教科書で洗脳され、それが社会階級システムの試験制度の中で絶対的な真理として覚えさせられてきた。
つまり、この式でニュートンが述べる重力というものは物と物が引き合うという説だったが、実際には超能力や電磁力などの外部からの作用を除いては、物が物を引き合う現象を誰も見たことがないのに、真実として覚えさせられてきただけで、後述するようにニュートン自身も何故、物が引っ張る力を持っているのかわからず、それゆえ重力が存在する理由を説明することが出来なかったのだ。

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蔵端敏博
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地球の異変は太陽の様変わり[太陽系外宇宙線は?]

2010年11月出版の自著に記した太陽の異変は、今日その影響において現実のものとなってきた。
記事の中には原発の危険性も述べているが、翌2011年2月から3月初め、太陽表面ではXクラス黒点活動が頻発し、呼応するように3月11日、東北沖で海底超大爆発が起きMw9の巨大地震となった(核か?)。震災を境に黒点活動は急速に静まり2012年には前代未聞のSとNの2極が4極になり、当然のことながら太陽研究学者は戸惑ったであろう。翌年、複数の天文学者が太陽の変容に関し、推測も含む学術発表を書籍として出版した(眠りにつく太陽―桜井邦朋博士)など。
 
2012年7月23日、超巨大太陽フレア―が地球を直撃しそうになったのは記憶に新しい。このタイミングが一週間ずれていれば文明は1000年逆戻ったであろうと言われたがそれどころではない。送電網がやられるであろうし、核発電の燃料を何か月間もディーゼル発電で冷却出来る筈もなく、考えるだけでも恐ろしいではないか。   

今や世界中の異常気象が叫ばれて久しい。地球上の生命体は99%太陽からの恩恵であり、良くも悪くも地上の異変は太陽の変容である。それでなくても地球自体を保護する地磁気が1000年前に4ガウスであったのが0,4ガウスと加速的に減衰している。鳥の渡り異常や回遊魚類の座礁どころか、地下や海底のマグマ、気流の蛇行など、地磁気の攪乱が影響しているのではないか。太陽の変動と連動するという思考は専門学者と素人とは同レベルになってしまったようである。
因みに近代科学の発展は目覚ましいと持てはやされるが、私は科学の推進は人間の文化的精神を後退、否、破壊に向かわせたと言いたい。近年において科学は進展してはおらず、進み続けているのは基礎の上に積み上げているテクノロジーである。マクロにおいてはロケットや人工衛星、地上800メートルを超す高層ビル、先端電子機器や医療器具とシステムなど、ミクロは遺伝子工学やマイクロチップなどであり、いずれも基礎の上に乗せる積み木玩具であり、シンギュラルティーなどとほざく訳の分からない迷妄ロボット研究者も出てくる始末である。

このように技術の積み木はいくらでも積み上げることが出来る。兎角科学は人類にとって害毒が多く、核開発(核発電を含む)は最たるものだ。更に言えば、科学が解明不能な事象はいくらでもある。脳、精神学者は前五識(五感)に意識を加えた六識の先、末那識(第7深層識)が分からない。物理学は万有引力の根本原理の説明が為されておらず、物質に対する反物質を探しているようであるが、元々物質と諸現象は刹那滅というのが究極の真実であり、この理法を考えようともしない。何より太陽の光球、コロナの存在について本体表面が6000℃であるのにコロナが100万℃になるメカニズムが未だ明確でない。
 
科学以外でも現代の文化人類学、民族学、社会思想学の学者達は、悪の根源である「戦争」が何故起きるのか、怖くて語れない。私がごときでも見える一部をブログに述べている。「日本民族考・宗教という罠」参照。
 さて最後になるが、先のコロナに関して疑問を一つ。私はやや高齢者であるが、日々睡眠時間が長くなり、毎夜くだらない夢見が多く、気力減退やドライブ中も咄嗟の判断に狂いを意識する。どうやら昨年秋の頃、前頭前野に異常をきたしていたらしい。これら昨年に始まったのであり痴呆症の始まりと方付けるわけには行かない。

2016年7月、驚くべき太陽光球に巨大なコロナホールが生じ、高速の太陽風は地磁気嵐を招き、老化している私たちの脳作用を直撃し、生物に多様な影響を与え始まったと考える。極付近のオーロラが美しいなどと喜んでいるノーテンキ族は何を考えているのだろう。昨年の秋頃には全国で高齢者の自動車事故が発生したのも知っているが詳細な調査は行わなかったので、どなた様かこの異常磁場に関してのご意見やサジェスチョンを頂ければ幸いです。
                                                      →  ototama27@gmail.com



ototama HP

遺伝子組み換えによって生まれる「未知の人類」。 植物→動物→食品→人間

遺伝子組み換えによって「未知の人類」がすでに生まれ始めている。不妊治療の一環として、行われた医療行為で3人の親を持つ子どもを生む方法が誕生している。

日常的にはあまり気にしていないが、現にすでに、植物→動物→食品→人間という流れで技術は広範囲に拡がっている。遺伝子の編集は、生命が辿った淘汰適応の果てにたどり着いた積層する時間を台無しにする可能性が多分にあるように思う。遺伝子の編集が正しいものなのか、そうでないのかを見極めるのは現時点では、ほぼ不可能。本当に問題がないのかどうかを未来の時間を踏まえて検証することなどできないからだ。

仮に遺伝子操作が間違っていたとして、その過ちに気づくのは何世代か先の人類であり、その時にはすでに遺伝子を自然状態に戻せなくなっているかもしれない。

以下、リンクからの引用です。
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遺伝子組み換えの話題になれば、その対象が食であろうと生物であろうと、様々な議論を呼び起こします。そのなかでも注目されているのが「CRISPR-Cas9」というツール。遺伝子の編集が簡単に安くできるようになっている。

しかし、リスクが高いのも事実。では、技術が進歩したらどんな可能性が考えられるのか。飛躍したアイデアも含めてその歴史を見てみましょう。
遺伝子組み換えは、多くの命を救った!

2016年8月28日、東京大学が遺伝子組み換えによってがん細胞を破壊するウイルスを開発しました。正常な細胞は傷つけないと言われており、2年以内の臨床試験が始まるとも。あまり身近ではないように思えますが、こういった医療への実用例はすでにあります。

「Kurzgesagt – In a Nutshell」の動画によれば、植物に放射線を当てて検証する実験から始まり、遺伝子を混ぜる組み換え技術が進歩。様々な生物や化学物質が生み出されていきました。

1974年には、MITの生物学者ルドルフ・イエーニッシュが遺伝子組み換えによってマウスを作製。治療法の開発に役立てられ、多くの命が救われています。

■植物→動物→食品→人間。
90年代になると、食品に応用開始。長持ちする野菜が登場。この時に使用されたのは、“腐敗しない遺伝子”だとか。

それから、筋肉質な豚、成長の早いサケ、毛のないニワトリ、光る熱帯魚などが生み出されています。

■遺伝子を編集され、生まれてくる子どもたち。
不妊治療の一環として、3人の親を持つ子どもを生む方法が誕生しました。母親の遺伝物質を代理母に移植して出産、生まれた子どもは3人の遺伝子を受け継ぎます。

これには、疾患の継承リスクを減らす目的がありますが、一方では皮膚や眼の色、体格、知性をカスタマイズできる「デザイナーベイビー」を認めることに繋がるとも言われており、物議を醸しています。

■ウイルスを改造して、悪性腫瘍だけを殺す。
2015年、HIVウイルスに感染したマウスに「CRISPR-Cas9」を使用し、50%のウイルスを除去することに成功。

「ネイチャー」に掲載されているデューク大学の生物学者、ブライアン・カレン氏は「まだまだ絵に描いた餅だ」とコメントしていましたが、さらに進歩は加速していくと言われていました。東京大学のウイルス開発は、まさにこの遺伝子組み換え技術を用いた好例でしょう。

また、米国や中国で臨床試験が認可され、肺がん患者でテストを行うというニュースもあります。ゆくゆくは、遺伝的な疾患を誰でも治療できるようにもなるかもしれません。

■人類が人工的に進化する。
懸念点は多々ありますが、胚を編集する技術もすでに存在しており、過去に2度実験が行われたそうです。しかし、遺伝子を編集した結果、どんな影響が起こりうるのかは未知数。

その遺伝子情報が子孫にも伝わり、拡大していく影響を考えると“進化の歴史に人為的な変化をもたらしてしまう”とも言われています。特定の能力を強化するような都合のいい編集はできないとの指摘もあり、反対意見が多いのです。

■倫理問題の解決は時間の問題?
動画ではこんな見解が示されています。遺伝病を除去するような小さな変化から始まり、赤ちゃんが健康的に産まれてこれるようにと利用されれば、そうしないことのほうが非倫理的に捉えられるようになるーー。

そうして、宇宙で生きられたり、不老長寿を手にするような人間が現れるなんてことまで。技術進歩の速さを考えるとあり得るということなのでしょう。

地球外知的生命体探査(SETI)のディレクターである天文学者のセス・ショスタク氏は、1月の「デイリー・メール」にこうコメント。

「狼から犬が生まれたように、人間から新たな生物が生まれるでしょう。人工知能や義肢によってサイボーグ化も進み、デザイナーズベイビーが増え、スペースコロニーでこれまでにない進化を遂げた人類が生活していてもおかしくありません」。

近年の人工知能や義肢の進歩、そして遺伝子組み換えによるウイルス開発ニュース。見たことのないような人間が生まれるとしても、あながちSF的な発想とも言い切れませんよね。



秋田稔行

「眼は、それが探し求めているもの以外は見ることができない。」


『脳のなかの幽霊』に触発され、今、実現論参考文献にも紹介してある『近代科学を超えて』村上陽一郎著を読み直しているところです。


その第一章の最後に、次の言葉が出てきます。

犯罪者の科学捜査法を教えるフランスの学校の教室には、次のような言葉が貼ってある。

>「眼は、それが探し求めているもの以外は見ることができない。
   探し求めているものは、もともと心の中にあったものでしかない」
    (『近代科学を超えて』村上陽一郎著P32より抜粋)


意味深な言葉だと思います。

科学論の視点に立ち返ってみると、「事実」は純粋客観的なものではあり得ず、何を「事実」とするのか、何を「根拠」として認めるのか、というところに、人間である限りいくばくかの恣意性(社会的思想背景、先入観・偏見・思い込みなど)が混入することから逃れることはできないということですね(これは、これまでも繰り返し当会議室で議論されてきた論点で、そういう限界性を包摂し超えるためのある種の解答も提示されていますが…)。

村上氏はこう書いています。

>科学理論が、「事実」と照合されなければならないことは、改めて認めるまでもない。けれども、もしその「事実」の方が、照合されるべき理論に、少なくとも一部依拠しているのであるとすれば、われわれは、「事実」を科学理論の真偽を定める判断基準として採用することには、ある留保条件を必要とするであろう。さもなければ、自分で自分を評価するという一種のインチキを認めなければならなくなる。(『近代科学を超えて』村上陽一郎著P31より抜粋)

このあたりは、先日のmt-DNAの件を調べている際にも、つくづく思ったことです。権威ある学者の一見「客観的」「科学的」な言説でも、気をつけて見ないといけないとあらためて感じました



蘆原健吾

Re:これが問題なのではないのか

吉国さん>

>日本学術会議やマートンは、科学をここまで社会(大衆)から乖離させドグマ化させた、専門家集団という特権階級の牽引者ではないのか。(12522 吉国さん) 

確かにマートン流の科学社会学は、科学という営みの独自性を強調しようとするあまり、科学者や科学者集団を理想化ないし美化する傾きがあることは否めないと思います。かつ蘆原さんが5229 で仰ってるように「科学者集団の自己閉鎖性と自己充足性」の基になっているのかもしれません。

しかし、科学に特有の倫理観や規範を見いだそうとしたマートンの問題提起は、科学固有の問題領域を設定したという意味で歴史的に重要な意義をもっていたんじゃないかと…。皆さんが仰ってるように、科学の起源が市場の成立とほぼ同一であり、科学の問題性の根本原因も市場拡大と強く関連していると思います。倫理、規範を超えた科学の進歩に対して、おそらくその起源であるキリスト教の世界観を再び持ち出して制御したのではないかと思うのです。(これ自体が最も大きな問題だとは思いますが…)

危険だと思うのは、このような世界観もなしで日本学術会議が公表したマートン流「科学者憲章」だと。

科学は、その起源から問題をもち、発達段階でも問題があると思います。でも一番いけないのは、日本という独自の文化を持ちながら西洋的な倫理観や規範さえも真似る精神じゃないかと思いま
す。



高田敦

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