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近代科学を切開する

   

客観世界と「科学」


「科学」を巡るやり取りは、形而上学的な色彩を帯びながら、パラダイム論まで拡大しそうな雰囲気ですね。

ところで、私の素朴な疑問、飯野さんに確認してみたいのは、科学についての広辞苑の定義を飯野さん自身はどう受け取っているのですか。

なぜその事にこだわるかといいますと、広辞苑の定義が余りにも表層的過ぎるからです。しいて言えば、素人の辞書編集者の手になる整理だという事です。それをたたき台に提案するのですか。

問題点を挙げます。

科学を「体系的であり、経験的に実証可能な知識」としていますが、この整理の仕方は概ね18世紀の物資学(力学と化学当りが中心)時代の見方です。人間にとって可視的な次元を対象にしていたので、「経験的に実証可能」と記述されます。しかし、飯野さんもご存知のように、19世紀の中頃から、人間の即物的な経験では扱えれない物質次元を対象とし出します。つまり、経験的実証ではなく、しいて言えば「理論と工学的な装置」(というシステム)を介してしか、実証過程さえ扱えれなくなっています。
湯川さんの「中間子」は、先に理論的な考察があり、その後遅れて、工学的な装置の考案の元で、論理的な実証が行われています。そして、実在するものとして「素粒子」の体系の中に位置付けられました。

つまり、理論(論理整合性)と実証と体系化は、円環のような関係にあって、実証がスタート地点ではないのです。

体系と実証の関係についても、簡単にコメントして置きます。これは、化学の例がいいでしょう。メンデレーエフが考察した「周期律表」はご存知ですね。この「周期律表」自身は、直接的には「実証」できるものではないですね。何が凄いかというと、それまでに物質としての個別関係(化合の整数比関係)が解明されていた中で、個々の関係から、物質に隠れた法則、秩序を周期の概念で体系化したことです。
これが、当時の化学者に納得されたのは、周期律表に空席が存在し、その空席に対応する元素を捜して見ると確かに予測された「属性」をもった元素が発見されたからです。これを称して「実証的」というべきでしょう。
つまり、「体系化」と「実証」は、まるで次元の異なる認識活動であると言うことです。あるいは,理論が認識あるいは実証を領導するというべきでしょう。理論と「仮説」は違いますからね。

実は、ここまでは、まだ時間(吉国さんの不可逆的な時間の矢)が入っていません。生命、生物の対象は、物質(それも多次元)と時間とそして「客観的世界とは?」という、さらに複雑な階層に入ると考えています。

楽しみですね。




村田貞雄
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実現論への提案

はじめて投稿させていただきます。みなさんの議論を興味深く拝見させていただきました。
 私は「科学」に非常に関心があり、そこでここの会議室に投稿しようと思ったわけですが、はじめのうちは、「実現論がトンデモであることをどうやって理解させようか」と頭をひねっておりました(失礼!)。しかし、実現論は学者ではない素人が皆でわいわいと作りあげていくものなんだなあ、と思ったとき、「叩き台」としては非常に優れているのではないか、と思えてきました。

 科学というのは、実際の実験・観察データを元にしてしか語れない、語ってはいけないものであり、非常に厳密なものです。その根本は懐疑主義であり、疑って疑って、それでも疑って、最後にどう考えても疑い切れぬ残ったものを、科学的事実とみなします。そうした目でみたとき、実現論の内容はかなり問題があるのではないか、というのが正直な感想です。

 ここまで言った以上は、その具体的箇所をあげる必要があるのでしょうが、今のところ最低限指摘しておきたいのは、記述内容に関して、<1・歴史的事実、一般的事実(とされていること)><2・文献、論文の内容><3・著者自身の推測、仮説>の三つを、区別して書く必要があるだろう、ということです。これを整理するだけでもかなり議論はスムーズになると思います。例えば、「ある科学者の考え」のように書いてある文章の出所を指摘できなければ、それは実は著者が捏造した、科学を装った根拠のない説であることが判明するわけです。科学や認識はどこまでいっても暫定的なものだとは思いますが、その「確からしさ」にはピンからキリまでありますし、その根拠がなんなのか(=何を覆せばその反論になるのか)、ということがはっきりしているだけでも随分違うと思います。

 そこまでする必要があるのか、という反論を受けそうですが、私としては大有りだと思っています。なぜなら、実現論とは、「個々の即自的な観念を超えた、万人が認めることのできる事実だけの理論体系(=科学)によって、社会を統合し、導くための理論を作り、それを共認し、実践する」ものだからです(自分なりにまとめました。間違いが有れば御指摘下さい)。万人が認めるためには、万人にとって説得力をもたなければなりません。今のままでは、失礼を承知でいえば、単なるトンデモ本です。たとえ正しいことを言っていても、それが正当な手順(それは決して多数決ではありません)で導きだされたものであることが示されなければ受け入れられないでしょう。

 これとは別に、もう一点提案したいことがあります。実現論が科学を基盤とするならば、科学とはどのような性質を持ち、どのような限界を持つものなのか、ということに関して議論し、それを実現論に付け加える必要があると思います。私は、「科学とはどこまでも客観的視点のみを追求する」という部分においての限界を指摘したいと思います。
 私達は実際は主観的視点しか持てず、客観的視点はその一部であり、しかも仮定としかといえないものなのですから。実現論の中には、科学では説明できないものを科学的に説明しようとしている箇所がないでしょうか? 限界と危険性をよく認識してこそ、科学という道具はよく使いこなすことができるのではないでしょうか。




飯野均

人間が生きている現実に適応するための「知」の体系

理系の専門家に多い、「科学的に検証された事実」のみを絶対視する傾向について、私はこう思います。

「科学的な事実」とは、「いまのところ人間が知り得る限りでは」という限定付きの事実に過ぎません(それを否定するひとつの反証によって覆されます)。科学という方法論も含め、人間の認識にはある意味で本質的に限界はあると思います。

 本質的には、「科学的な事実」も「人間の五感で観察されうるものごとの全てを論理整合せ、常に精錬される仮説=事実」と同じことだと思います。

 違いは、「実験的あるいは数理的」な検証を経ているか、現実に直面する中でダイナミックに定義し直していく過程を繰り返そうとするかということだと思います。

 私は「事実とは仮説の体系である。」と考えています。

 人間が生きていくために、世界を理解する体系が、事実であり、それは何処までいっても厳密な意味では仮説でしかないでしょう。

 「実験的、統計的な事実」を絶対視することが正しいのでしょうか。むしろ、人間が生きている現実とそれに適応するための「知」をより重視するべきではないでしょうか。



玉川泰行

問題は仮定条件

分子生物学的な発見によって、生物がミクロな部分で分かってきているのも事実です。それが本当に事実であれば取り入れて整合する論理を組み立てていくスタンスが大事だと思います。

しかし、実験室、飼育室での実験がどのような仮定条件でどのような観察実験がされたのかが重要ではないでしょうか。その仮定条件が現実(実際の自然条件)とかけ離れていれば、とても事実とは認められないということでしょうね。 




吉国幹雄

線形と非線形の科学認識

線形と非線形を、正負のようなまるっきり正反対の概念として捕らえているのならば間違いだが、物事の認識の仕方という点ではかなり違うようだ。

学問の流れは、一般に、取り扱いやすい特殊な対象から、より一般的な対象へと普遍化が進む。

学問、なかでも近代科学は「デカルト的パラダイム」に立脚するところから始まり、対象をより細かな要素に還元して理解していくプロセスを経てきた。つまり、「要素還元主義」という方法論に立脚してきたようだ。要素(部分)を総和して、対象の全体像を認識してきた。

非線形に有効な一般理論というものはまだない。

明快なデカルト的方法論が好きな人には辛いが、非線形の科学には「繰り返し」という意味での法則性は存在しない。

「ニュートン力学に対する特殊相対論」や「古典力学から量子力学」の流れによって、「認識の相対性」や「未来の不確定性」が明らかにされつつあるようだ。現実には絶対的な法則は存在しないというのが、複雑系の認識だそうだ。つまり、線形という、ある意味非現実世界(数学的世界)であるほど法則が見出せてきた。

結局、今のところ線形の世界での知見が、非線形の世界を理解する手段となっている。非線形を理解するために、線形という道具が用いられる。

ここら辺が、複雑系の難しいところ。複雑系について記述する手段がまだない(?)。

しかし、複雑系の認識では、デカルト的パラダイムの方法論の先に、複雑系の方法論を求めているようでは複雑系を十分理解できないようだ。

線形の学問が出尽くしたがゆえに非線形にたどり着いたということは認識した方がよいであろう。



福田尚正

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